めだか米は、どうしてめだか米なの?そんな疑問にお答えします。

どうして「めだか米」と言うの?

皆さん、童謡「めだかの学校」は小田原で生まれたことをご存じでしたか。 2001年に環境省により絶滅危惧種に指定された野生メダカの神奈川県では唯一の生息地が、小田原の桑原・鬼柳地区なのです。 メダカは田んぼや周辺の水路を拠りどころにして暮らしています。流れが速すぎたり、水が汚染されていては生きていけません。 素掘りの水路や農薬をできるだけ抑えた稲作が必要です。 桑原・鬼柳地区ではこの農法でお米を栽培しています。野生メダカが元気に群れ泳ぐ田んぼで実るお米なので「めだか米」と呼ばれているのです。
 

「めだか米」はおいしいですか?

桑原は、古くから稲作が行なわれていて、鎌倉幕府にも献上さていたという文献も残されています。 小田原市の文化財保護課によれば、なんと弥生時代にはすでに、この地区で水田が作られていたとも。 さらに、江戸時代には西郡米(にしごおりまい)と呼ばれ、江戸の寿司米として人気だったそうです。 富士、西丹沢、箱根の外輪山を水源とする酒匂川の清冽な水と豊富な湧水が流れる自然水路、 そして化学薬品や農薬に頼らずに農家の皆さんが丹精こめて育ててくれるお米です。美味しいです。 県の小学校の給食としても「桑原めだか米の日」が取り入れられました。

「めだか米」は水が支えですね?

その通りです。酒匂川は東海道筋ではいちばんの急流で、酸素の巻き込みが多く、農業用水は上流で取水されるため清冽なまま田んぼに入るのです。 また、酒匂川に近いほどその米は美味しいという言い伝えもあり、「めだか米」は桑原地区でも最も酒匂川に近い水田で実るお米です。 水が、もちろん「いのち」のお米ですが、育てる農家の皆さんの愛情もたいせつなこと、忘れないでくださいね。

「めだか米」を作っているのは誰でしょう?

もちろん桑原・鬼柳地区の代々受け継がれてきた農家のみなさんですが、後継者がいなかったり、稲作は労働に見あわないなどの理由で休耕田が増えてきました。 見かねた地元兼業農家の有志が立ち上げたのが「一般社団法人 農人めだかの郷」でした。 自分の田んぼがあるにもかかわらず、休耕田の耕作を引き受け、この地区の稲作の伝統を守り続けていこうという計画でした。 うるち米の取扱量は、2015年の実績で地元農家分と法人分あわせて約9トンあまり。毎年、増やすことができています。

「酒米」にも挑戦ということですが?

法人が引き受けた田んぼの一部約1haで、酒米として人気の「山田錦」のDNAを引き継ぐ「吟のさと」という品種の生産を始めました。 「めだか米」に共鳴してくれた山北町の川西屋酒造さんと大井町の井上酒造さんが、「地元の水、地元の米」で醸成し、2016年秋に発売されました。 川西屋酒造さんは「丹澤山 桑原めだか米100%使用」(特別純米)、井上酒造さんは「左岸」(純米吟醸)という銘柄です。
詳しくは「酒類のご案内」をご覧ください。

 

「めだか米」が世界に紹介されているって?

本当です。2010年に名古屋でCOP10(生物多様性条約締結国会議)が開かれました。それを契機として、「SATOYAMAイニシアティブ」が採択され、 手法例のひとつとして「桑原めだか米の会」の活動が紹介されたのです。 (全体で82例、国内22例)この情報は環境省により世界195か国に発信されています。 2008年に、会の活動が農林水産省の生物多様性戦略検討部会で取り上げられたのがきっかけでした。環境保全型農業は、どこの国でも注目を集めています。

「めだか米」を支える市民グループがあるって?

メダカを入り口にして、桑原地区の貴重な生態系を守ろうという市民の団体が5つ活動しています。 この「桑原めだか米の会」は販売や流通の開拓に、そして「おだわら農人めだかの郷」は稲作そのものに、 「田んぼの恵を感じる会」は市民に呼びかけ稲作体験や湿地系生物に親しむ体験機会の提供に、 「酒匂川水系のメダカと生息地を守る会」は動植物の調査や研究に、 「めだかサポーターの会」は市の指定する「野生の生き物保護区」を中心とした環境保全活動など、お互いに協力しあいながら活動を行っています。 「めだか米」販売の収益は、これらの団体に還元されます。